公園のすみっこにある砂場は、
いつ見ても少しだけ時間がゆっくり流れている気がします。
大きな遊具のように目立つわけでもなく、
ベンチのように誰かを待っているわけでもなく、
ただ静かに、そこにあります。
小さなバケツの跡。
誰かが作った山の形。
途中であきらめたような穴。
砂の上には、
その日遊んだ子どもたちの時間が、
少しだけ残っているように見えます。
風が吹くと、
砂の表面がほんの少し動いて、
何事もなかったみたいにまた静かになります。
その感じが、なんだかいいのです。
全部をきれいに整えなくても、
途中のままでも、
少し崩れていても、
それでも風景としてちゃんとやさしい。
公園の砂場には、
完成しなかったものを責めない空気があります。
作って、崩れて、また作って。
それだけでよかった時間が、
そこにはまだ残っているのかもしれません。
大人になると、
何かを始める前から結果ばかり考えてしまいます。
でも砂場を見ていると、
ただ手を動かして、
ただ夢中になるだけの時間も、
ちゃんと大切だったと思えてきます。
何も完成していなくてもいい。
誰かに見せるためでなくてもいい。
少し遊んで、少し休んで、
また帰っていけばいい。
公園の砂場は、
そんなふうに静かに言ってくれているようでした。
夕方になって、
誰もいなくなった砂場に淡い光が落ちると、
小さな足跡までやさしく見えます。
今日もどこかで、
小さな山が作られて、
小さなトンネルが掘られて、
そして何気なく崩れていく。
それは少し寂しくて、
でもとても穏やかな景色です。
癒される公園の砂場。
そこには、
何かを残そうとしすぎなくてもいいという、
やさしい安心感がありました。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
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