ふと遠くに山が見えることがあります。
ビルの隙間から、
電線の向こうから、
住宅の屋根のずっと奥から、
静かに山が見えている。
それだけで、
少しだけ心が落ち着くことがあります。
街の中には、
いろいろな音があります。
車の音。
自転車の音。
誰かの話し声。
信号の音。
工事の音。
毎日を過ごしていると、
知らないうちに、
心が少しずつ急がされているような気がします。
でも、そんな街の中で、
遠くに山が見えると、
時間の流れが少しだけ変わります。
山は急いでいません。
誰かに見られようとしているわけでもなく、
何かを急かしてくるわけでもなく、
ただそこにあります。
朝の山は、
やわらかい光を受けて、
少し青く見えます。
昼の山は、
空の色に溶け込むように、
静かに街を見守っています。
夕方の山は、
少し影を深くして、
一日の終わりを教えてくれるようです。
街の中で暮らしていると、
目の前のことばかり見てしまいます。
今日やること。
明日のこと。
うまくいかなかったこと。
まだ終わっていないこと。
そういうものが、
頭の中にたくさん並んで、
気持ちが狭くなってしまう日もあります。
そんなとき、
遠くの山を見ると、
少しだけ視線が遠くへ行きます。
今いる場所だけが、
世界の全部ではない。
この街の向こうにも、
空があり、
山があり、
風が吹いている。
そう思えるだけで、
少し息がしやすくなります。
山は、
何かを解決してくれるわけではありません。
悩みを消してくれるわけでも、
明日を急に変えてくれるわけでもありません。
でも、
ただ遠くに見えているだけで、
心の置き場所を少し広げてくれます。
街の中から見える山には、
不思議なやさしさがあります。
自然の中に行かなくても、
山道を歩かなくても、
ほんの少し顔を上げるだけで、
その静けさに触れられる。
ビルの間から見える山。
川沿いの道から見える山。
駅のホームから見える山。
帰り道の空の下に見える山。
どれも、
大きな景色ではないかもしれません。
でも、
日常の中で見つける小さな癒しとしては、
それで十分なのだと思います。
疲れている日ほど、
遠くを見ることを忘れてしまいます。
下を向いて歩いて、
スマホの画面を見て、
目の前のことだけで一日が終わっていく。
そんな日でも、
ふと顔を上げて、
山が見えたら、
少しだけ立ち止まってみる。
あの山は、
昨日もそこにあった。
今日もそこにある。
たぶん明日もそこにある。
その変わらなさが、
少しだけ安心をくれます。
街は変わっていきます。
道も店も人の流れも、
少しずつ変わっていきます。
けれど遠くの山は、
大きく黙ったまま、
その変化を受け止めているように見えます。
だから、
街の中から山が見える場所は、
小さな休憩所のようなものかもしれません。
ベンチがなくても、
喫茶店がなくても、
ただ視線の先に山があるだけで、
心が少し休まります。
忙しい街の中に、
静かな山が見える。
それは、
日常の中に残された、
小さな癒しの風景です。
今日もどこかの道で、
誰かがふと顔を上げて、
遠くの山を見ているかもしれません。
そして、
何も言わずに少しだけ、
心を軽くしているのかもしれません。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
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