石段をひとつずつのぼっていくと、足もとで落ち葉がかさりと小さな音を立てました。
秋の夕方の神社は、昼間とはまるで違う顔をしています。参道の両側に並ぶ木々は赤や黄色に染まり、傾いた日の光を受けて、葉の一枚一枚がうっすらと透けて見えました。空気はひんやりと澄んでいて、深く吸い込むと、土と枯れ葉のやさしい匂いが胸の奥まで届きます。
最後の石段をのぼりきると、朱色の鳥居が静かに立っていました。長い年月を見守ってきたその柱は、ところどころ色が褪せています。それでも、夕日を受けた朱色は不思議なほどあたたかく見えました。
ふと振り返ると、鳥居の向こうに町が広がっていました。
高台にあるこの神社からは、屋根の連なりがゆるやかに見渡せます。その上には、空いっぱいの夕焼けがありました。西の空は燃えるような橙色で、そこから少しずつ薄紅、淡い紫へと色を変えながら、遠くの山の稜線にとけていきます。雲の縁だけが金色に光っていて、まるで空が静かに息をしているようでした。
屋根瓦は夕日を受けて、ひとつ残らず茜色に染まっています。煙突から細くのぼる煙。ベランダに揺れる洗濯物。遠くの交差点を、小さな点のように進んでいく車。ひとつひとつは何でもない暮らしの景色なのに、鳥居という額縁に収まると、一枚の絵のように見えるから不思議です。
しばらくして、町のどこかから夕方の放送が流れてきました。少し間延びしたやさしいメロディが、風にのって高台まで届きます。それを聞いていると、子どもの頃の帰り道をふっと思い出しました。遊び疲れて、友だちと手を振って別れて、家々の窓に明かりがともりはじめる頃。あの頃の夕暮れは、少しさみしくて、それでもどこか安心する時間でした。
大人になった今も、その感覚は変わらないのかもしれません。
毎日をがんばっていると、夕焼けを見上げる余裕さえ、いつのまにか忘れてしまいます。急ぎ足で通り過ぎる空にも、本当はこんなにきれいな色が広がっていたのだと、鳥居の向こうの景色が教えてくれました。
陽が落ちるにつれて、空の橙はゆっくりと深い藍色に変わっていきます。町のあちこちに、ぽつり、ぽつりと明かりがともりました。昼と夜のあいだの、ほんのわずかな時間。この時間だけは、何も考えずにただ眺めていていい気がします。
境内の木々が、風にあわせてさわさわと揺れました。
私は鳥居に向かって、そっと一礼をしました。今日も一日が無事に終わること。この町に、今夜もおだやかな眠りが訪れること。そんなささやかな願いを胸の中でつぶやきます。
帰りの石段をおりるころには、空にはうっすらと一番星が顔を出していました。
もし今日、少し疲れてしまったなと感じているなら、秋の夕方に、近くの高台や神社まで足を運んでみてください。鳥居の向こうの夕焼けは、きっとやさしく迎えてくれるはずです。
何もしなくても大丈夫。ただ空を見上げて、深呼吸をする。それだけで、心の中の小さな緊張が、ゆるやかにほどけていくと思います。
秋の夕暮れは、一日の終わりにそっと寄り添ってくれる、やさしい時間です。
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