その道は、駅から少し歩いたところで、ふっと海に寄り添いはじめる。
ふだんは急ぎ足で通り過ぎてしまう場所なのに、その日はなぜか、足がゆっくりになった。朝からの用事が思いのほか早く片づいて、手のひらにぽかんと余白ができたからかもしれない。
秋の海は、夏とは声の出し方が違う。波音は低く丸くなり、寄せては返すたびに、ひとつ息をついているように聞こえる。水平線のあたりは淡い銀色にかすんでいて、空との境目がどこにあるのか、見ているうちにわからなくなってくる。
道の片側は、海を守るようにゆるく続く堤防。その反対側に、コスモスが咲いていた。
誰かが植えたのか、風に運ばれた種が根づいたのか、もう分からない。白、淡いピンク、少し濃い桃色。細い茎の先で、薄い花びらがひらひらと揺れている。海から吹いてくる風が通るたび、花たちはいっせいに同じ方向へ傾いて、また、ゆっくり戻ってくる。
強い風ではない。それでも、あの細い体は、風が来ると素直に身をまかせる。折れそうなのに、折れない。逆らわないから、折れないのだと思う。
立ち止まって、しばらく眺めていた。
波の音と、コスモスの揺れるかすかな音と、遠くでカモメが鳴く声。それだけ。頭の中でぐるぐる回っていた「あれもこれもやらなきゃ」が、いつの間にか静かになっていた。
道の先で、自転車を押したおばあさんが、ゆっくり歩いていた。籠にはスーパーの袋と、一束の花。コスモスの前で足を止めて、「今年もきれいに咲いたなあ」と、誰にともなく言った。花に話しかけているようにも、海に話しかけているようにも聞こえた。
私は思わず、小さくうなずいた。
見ず知らずの人と、同じ景色に「きれいだな」と思えること。それだけで、ちょっと世界がやさしくなる。
陽がすこし傾くと、海の色が変わった。銀色だった水面に、うっすらと金色が混ざりはじめる。コスモスの花びらにも、その光が透けて、ほんのり透明な桃色に染まっていく。揺れるたびに光がこぼれて、まるで花そのものが小さな灯りになったみたいだった。
ポケットのスマホは、一度も取り出さなかった。写真に撮ってしまうと、この揺れ方も、潮の匂いも、風の冷たさも、ぜんぶ薄くなってしまいそうで。目に入れて、胸にしまっておくことにした。
帰り道、もう一度だけ振り返った。
コスモスは、相変わらず揺れていた。誰が見ていても、見ていなくても、同じように。
そのことが、なんだか心強かった。
がんばっている日も、何もできなかった日も、風は吹くし、波は寄せるし、花は揺れる。世界は、私の調子にかかわらず、ちゃんと秋をやっている。だから私も、少し肩の力を抜いていいのかもしれない。
海沿いの道を駅のほうへ戻りながら、潮の匂いをもう一度、深く吸いこんだ。
胸の奥が、ゆるんでいくのがわかった。
秋の海と、揺れるコスモス。
それだけで、今日はもう十分な一日だった。
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