2026年10月13日火曜日

癒される渓流沿いの紅葉の道

癒される渓流沿いの紅葉の道

 十月の終わりの朝、わたしはバスを降りて、細い山道の入り口に立っていた。

空気が、街とはまるで違う。ひと息吸いこむと、冷たさの奥に、湿った土と落ち葉の甘い匂いがほのかに混じっている。肺の底まで洗われるような心地がして、思わず足が止まった。

道の脇には、渓流が流れている。

澄んだ水は岩にぶつかっては白くほどけ、また何事もなかったように流れていく。ごうごうと響くのではなく、さらさら、ころころと、小さな声で話しかけてくるような音だった。耳を澄ませていると、胸のあたりに溜まっていた何かが、水の音に少しずつ押し流されていくのがわかる。

見上げると、頭上いっぱいに紅葉が広がっていた。

燃えるような赤、陽だまりの色をした黄色、まだ緑を残したままの葉。それぞれが違う速さで秋を迎えていて、ひとつの枝のなかにも季節の移ろいが宿っている。朝の光が葉の隙間から斜めに差しこむと、赤は透きとおり、まるで小さな灯りがいくつも枝に吊るされているようだった。

ゆっくり歩き出す。

足もとには、落ち葉が薄く積もっている。一歩ごとに、かさり、かさりと乾いた音がする。急ぐ理由はどこにもない。スマートフォンはポケットの奥にしまったままだ。ここでは、時間は時計ではなく、水の流れと光の傾きで進んでいく。

しばらく行くと、道が川のすぐそばまで寄る場所に出た。

水面には、赤や黄色の葉がひらひらと舞い降りて、小さな舟のように流れていく。岩に引っかかって、くるりと回って、また流れに戻る。そのうちの一枚が、苔むした石の上にそっと止まった。緑の苔に、ひとひらの紅。誰が飾ったわけでもないのに、息をのむほど美しい。

近くの平たい岩に腰をおろし、水筒のお茶を一口飲んだ。温かさが喉をつたって、体の真ん中にゆっくり広がっていく。

目を閉じる。

水の音。風が梢をわたるざわめき。遠くで鳴く鳥の声。そのどれもが、少しも主張せず、それでいて確かにそこにある。わたしが何者であっても、今日どんな一日を過ごしてきたとしても、渓流は変わらず流れ、紅葉は変わらず色づいている。そう思うと、肩の力がふっと抜けた。

がんばらなくていい日が、人にはときどき必要なのだと思う。

目を開けると、さっきの葉が、まだ石の上で静かに光っていた。

帰り道、もう一度同じ道を歩いた。行きに見た景色なのに、光の角度が変わったせいか、まるで違う道のように見える。木漏れ日が地面にまだらな模様を描き、紅葉はさっきよりも深く、あたたかく染まっていた。

バス停に着くころには、心のなかがすっかり澄んでいた。

渓流の音は、もう遠くなっている。それでも耳の奥には、さらさらという水のささやきが、まだやさしく残っていた。


渓流沿いの紅葉の道は、何かを得るために歩く場所ではなく、余計なものをそっと手放すために歩く場所なのかもしれません。もし疲れを感じたときは、水の音と落ち葉の匂いのなかで、ゆっくり深呼吸をしてみてください。

ここまで読んで頂き、ありがとうございます

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