目が覚めたのは、まだ空が青灰色をしている時間でした。
窓を開けると、ひんやりとした空気が頬をなでます。吸い込むと、胸の奥まで澄んでいくような、秋の朝だけの冷たさです。夏の名残はもうどこにもなくて、かわりに土と落ち葉の、少し甘い匂いが混じっています。
湯気の立つマグカップを両手で包んで、外に出ました。
山の輪郭が、ゆっくり浮かんでくる
遠くの山は、最初は墨絵のようでした。濃い影の連なりが、薄い霧の向こうに静かに横たわっています。
その稜線が、ほんの少しずつ明るくなっていきます。空の端が淡い桃色に、やがて薄い金色にほどけていく。この「待っている時間」が、朝の山でいちばん好きなところです。何も起きていないようで、世界が確かに動いている。
鳥の声がひとつ、またひとつと増えていきます。谷のほうからは、細い水の音。それ以外は、何もありません。
光が差した瞬間
そして、その瞬間は音もなくやってきます。
山の端から朝日がのぞくと、斜めに伸びた光が木々の梢を撫でていきました。赤や橙に色づいた葉が、内側から灯りをともしたように輝きます。ススキの穂は、光を透かして金色の波になり、風が通るたびにさらさらと揺れました。
黄金色に染まる、とはこういうことなんだなと思います。景色が染まるというより、光そのものが景色に溶け込んでいく感じです。
見上げた木の枝から、一枚の葉がはらりと落ちました。くるくると回りながら、ゆっくり、ゆっくり、足元へ。急ぐ必要なんてないよと、教えてもらったような気がしました。
何もしない贅沢
朝のあいだ、私はただ立っていました。
写真を撮ろうとスマホを出しかけて、やめました。画面の中に切り取るより、目と肌で受け取っていたかったからです。頬にあたる朝日のぬくもりも、指先に残るマグカップの熱も、全部ひっくるめて今日の景色でした。
最近は、頭の中がいつも何かでいっぱいでした。やらなければいけないこと、返さなければいけない連絡、先のことへの小さな不安。けれど山を前にしていると、それらがすこしずつ遠のいていきます。山は何も言わないし、何も求めません。ただそこにあって、季節ごとに装いを変えているだけです。
その変わらなさが、こんなにも心をほぐしてくれるのだと、あらためて気づきました。
朝のおわりに
気づけば、空はすっかり明るい水色になっていました。金色だった光は、いつのまにか普通の朝の光に変わっています。
マグカップの中身は、もう少しぬるくなっていました。それをゆっくり飲み干して、深呼吸をひとつ。
特別なことは何もしていません。でも、心の中がやわらかく整った朝でした。
もし最近、なんだか疲れているなと感じたら、少しだけ早起きして、窓の外を眺めてみてください。近くの小さな丘でも、遠くに見える山並みでも構いません。秋の朝の光は、きっとあなたの肩の力を、そっと抜いてくれると思います。
今日も、おだやかな一日になりますように。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます
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