2026年10月13日火曜日

癒される秋の稲穂と遠くの山並み

癒される秋の稲穂と遠くの山並み

 秋の朝というのは、不思議なものです。

少し早く目が覚めた日に、ふらりと家を出て、あぜ道まで歩いてみました。空気はひんやりとしていて、吸い込むと胸の奥まで澄んでいくようです。夏の名残の湿り気はもうどこにもありません。

目の前に広がっていたのは、見渡すかぎりの黄金色でした。

稲穂が、風に合わせてゆっくりと頭を垂れています。ざわ、ざわ、と小さな音を立てながら、風の通り道が波のように田んぼを渡っていきます。風が見える、というのはこういうことなのだな、とぼんやり思いました。

実るほど頭を垂れる稲穂かな。昔から言われてきた言葉が、ふっと頭に浮かびます。春には細い苗だったものが、夏の日差しと雨を受けて、こんなにも重たげな穂をつけたのです。誰に褒められるわけでもなく、ただ黙々と育ってきたその姿を、しばらく眺めていました。

顔を上げると、田んぼのずっと向こうに、山並みが重なっています。

手前の山は深い緑。その奥はやわらかな青。さらに奥は、空に溶けてしまいそうな薄い藍色。濃淡の違う山々が、何枚もの薄紙を重ねたように並んでいました。遠くの山は、近くで見るよりずっと静かに見えます。細かな凹凸も、木々の一本一本も、全部ひとつの穏やかな輪郭にまとまってしまうのです。

最近の私は、近くのものばかり見ていた気がします。

目の前の用事、画面の中の小さな文字、明日までの段取り。そういうものに視線を落としているうちに、いつのまにか肩に力が入っていました。けれど、こうして遠くの山を眺めていると、目の奥の力がすうっと抜けていくのがわかります。遠くを見るというだけで、心まで少し広くなるのですね。

あぜ道の脇では、赤とんぼが一匹、枯れ草の先にとまっていました。羽を休めながら、じっと動きません。私もつられて、そのままじっとしていました。

遠くで、どこかの家の煙突から細い煙が上がっています。朝ごはんの支度でしょうか。新米を炊く香りが、風に乗って届いてきそうな気がしました。この稲穂が、やがて誰かの食卓で、湯気をたてる一杯のごはんになるのだと思うと、なんだかあたたかい気持ちになります。

太陽が少しずつ高くなって、稲穂の金色がいっそう輝きを増していきました。山の影も、朝の光に洗われて、くっきりと姿を現します。

特別なことは何もない、ただの田んぼと山の景色です。

それなのに、こんなにも心が落ち着くのはなぜでしょう。きっと、毎年変わらずそこにあって、季節が来ればちゃんと実って、静かに待っていてくれるものだからなのだと思います。

帰り道、もう一度だけ振り返りました。

黄金色の稲穂の向こうに、変わらない山並みがあります。ゆっくり深呼吸をひとつして、私は歩き出しました。

もし今、少し疲れているのなら、遠くの景色を思い浮かべてみてください。実った稲穂と、重なる山の青さ。ほんの数秒でも、きっと呼吸が深くなるはずです。

今日も一日、おだやかな時間が流れますように。

ここまで読んで頂き、ありがとうございます

PR
コータのAmazonページへ


コータのAIイラスト、Xページへ


コータのユーチューブページへ

よろしければ、
のぞいてみてください


0 件のコメント:

コメントを投稿