秋の朝は、音から変わります。
目を覚ますと、窓の向こうがいつもより白くて、遠くの音がやわらかく丸くなっていました。ああ、今朝は霧だな、と思ったら、気づけば上着を羽織って外に出ていました。
息を吸うと、冷たくて湿った空気が胸の奥まで降りてきます。夏のあいだに少し固くなっていた何かが、ふっとほどけていくような感覚。吐く息はほんのり白く、そのまま霧に溶けていきました。
向かったのは、家から歩いて十分ほどの小さな神社です。
鳥居が見えてきたとき、思わず足を止めました。
朱色の鳥居が、霧のなかにぼんやりと浮かんでいます。輪郭だけがやさしく残って、その向こうは白いベールがかかったように何も見えません。まるで、別の世界の入り口に立っているようでした。
一礼して、鳥居をくぐります。
参道の石畳はしっとりと濡れていて、足の裏から、ひんやりとした秋が伝わってきます。両脇に立つ杉の木は、てっぺんが霧に隠れて、どこまで高いのかわかりません。ただ、見守られているような安心感だけが、静かにそこにありました。
砂利を踏む自分の足音だけが、やけに大きく聞こえます。
ざく、ざく、ざく。
その音さえも、霧がそっと包み込んで、すぐに静けさへ戻していきます。鳥のさえずりも、遠くの車の音も、今朝はどこか遠慮がちです。世界全体が、小さな声で話しているみたいでした。
手水舎の竹の筒から、細い水がちょろちょろと流れ落ちています。柄杓を手に取ると、水の冷たさに指先がきゅっと縮みました。けれど、その冷たさが心地いい。手を清めているうちに、頭のなかにあった考えごとも、一緒に流れていく気がしました。
拝殿の前に立つと、屋根の端から、ぽとん、と雫が落ちました。
朝霧が集まって、水玉になって、ひとつずつ落ちていきます。ぽとん。少し間をおいて、また、ぽとん。時計の針とは違う、ゆっくりとした時間の刻み方です。
賽銭箱に小銭を入れて、二礼二拍手。
目を閉じて手を合わせると、不思議なほど、何もお願いしたくならないのです。「ありがとう」だけが、胸の中に浮かんできました。今日も朝が来たこと。こうして静かな場所に立てること。それだけで、もう十分なような気がして。
一礼して目を開けると、霧が少しだけ薄くなっていました。
境内の隅に、大きなイチョウの木があります。
黄色く色づいた葉が、霧をまとって、やわらかな金色に光っています。足もとには、何枚かの葉が落ちていて、濡れた石の上に小さな黄色い星みたいに散らばっていました。
ふと、ベンチに腰かけて、しばらくぼんやりしてみることにしました。
スマホは、ポケットの中。見ないことにします。
霧が、ゆっくりと動いていきます。流れているのか、ただ漂っているのか、よくわかりません。でも、見ているだけで呼吸が深くなって、肩の力が抜けていきます。こんなふうに「何もしない時間」を過ごしたのは、いつぶりだろう。
忙しい毎日のなかで、私たちはつい、「何かしなきゃ」と思ってしまいます。でも、この神社の朝は、何もしなくていいよ、とやさしく教えてくれているようでした。
どれくらい時間が経ったでしょう。
雲の切れ間から、うっすらと朝日が差し込んできました。
霧の粒ひとつひとつが光を受けて、境内全体がほんのり金色に染まります。杉の木の枝先から、光の筋がすうっと降りてきて、石畳の上に淡い影をつくりました。
その光景を前にして、私はただ、「きれいだな」と思いました。
それ以上の言葉は、いらなかったのです。
帰り道、もう一度鳥居をくぐって、振り返って一礼しました。
さっきよりも霧は薄くなって、朱色の鳥居がはっきりと見えます。けれど、あのぼんやりとした白さのなかに立っていた時間は、まだ胸の中に静かに残っていました。
家に戻って、温かいお茶を淹れます。湯気がふわりと立ちのぼるのを見ながら、ふと思いました。
静けさは、遠くへ探しに行かなくても、ちゃんと近くにある。
ほんの少し早起きして、ほんの少し歩いてみるだけで、出会える場所があるのだと。
秋の朝霧に包まれた神社は、そんなことを、声に出さずに教えてくれました。
もし今朝、心がちょっとだけざわざわしているなら。霧の朝に、近くの小さな神社を訪ねてみてください。きっと、静けさがやさしく迎えてくれます。
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