2026年10月9日金曜日

癒される秋の朝霧に包まれた神社の静けさ

癒される秋の朝霧に包まれた神社の静けさ

 秋の朝は、音から変わります。

目を覚ますと、窓の向こうがいつもより白くて、遠くの音がやわらかく丸くなっていました。ああ、今朝は霧だな、と思ったら、気づけば上着を羽織って外に出ていました。

息を吸うと、冷たくて湿った空気が胸の奥まで降りてきます。夏のあいだに少し固くなっていた何かが、ふっとほどけていくような感覚。吐く息はほんのり白く、そのまま霧に溶けていきました。

向かったのは、家から歩いて十分ほどの小さな神社です。

鳥居が見えてきたとき、思わず足を止めました。

朱色の鳥居が、霧のなかにぼんやりと浮かんでいます。輪郭だけがやさしく残って、その向こうは白いベールがかかったように何も見えません。まるで、別の世界の入り口に立っているようでした。

一礼して、鳥居をくぐります。

参道の石畳はしっとりと濡れていて、足の裏から、ひんやりとした秋が伝わってきます。両脇に立つ杉の木は、てっぺんが霧に隠れて、どこまで高いのかわかりません。ただ、見守られているような安心感だけが、静かにそこにありました。

砂利を踏む自分の足音だけが、やけに大きく聞こえます。

ざく、ざく、ざく。

その音さえも、霧がそっと包み込んで、すぐに静けさへ戻していきます。鳥のさえずりも、遠くの車の音も、今朝はどこか遠慮がちです。世界全体が、小さな声で話しているみたいでした。

手水舎の竹の筒から、細い水がちょろちょろと流れ落ちています。柄杓を手に取ると、水の冷たさに指先がきゅっと縮みました。けれど、その冷たさが心地いい。手を清めているうちに、頭のなかにあった考えごとも、一緒に流れていく気がしました。

拝殿の前に立つと、屋根の端から、ぽとん、と雫が落ちました。

朝霧が集まって、水玉になって、ひとつずつ落ちていきます。ぽとん。少し間をおいて、また、ぽとん。時計の針とは違う、ゆっくりとした時間の刻み方です。

賽銭箱に小銭を入れて、二礼二拍手。

目を閉じて手を合わせると、不思議なほど、何もお願いしたくならないのです。「ありがとう」だけが、胸の中に浮かんできました。今日も朝が来たこと。こうして静かな場所に立てること。それだけで、もう十分なような気がして。

一礼して目を開けると、霧が少しだけ薄くなっていました。

境内の隅に、大きなイチョウの木があります。

黄色く色づいた葉が、霧をまとって、やわらかな金色に光っています。足もとには、何枚かの葉が落ちていて、濡れた石の上に小さな黄色い星みたいに散らばっていました。

ふと、ベンチに腰かけて、しばらくぼんやりしてみることにしました。

スマホは、ポケットの中。見ないことにします。

霧が、ゆっくりと動いていきます。流れているのか、ただ漂っているのか、よくわかりません。でも、見ているだけで呼吸が深くなって、肩の力が抜けていきます。こんなふうに「何もしない時間」を過ごしたのは、いつぶりだろう。

忙しい毎日のなかで、私たちはつい、「何かしなきゃ」と思ってしまいます。でも、この神社の朝は、何もしなくていいよ、とやさしく教えてくれているようでした。

どれくらい時間が経ったでしょう。

雲の切れ間から、うっすらと朝日が差し込んできました。

霧の粒ひとつひとつが光を受けて、境内全体がほんのり金色に染まります。杉の木の枝先から、光の筋がすうっと降りてきて、石畳の上に淡い影をつくりました。

その光景を前にして、私はただ、「きれいだな」と思いました。

それ以上の言葉は、いらなかったのです。

帰り道、もう一度鳥居をくぐって、振り返って一礼しました。

さっきよりも霧は薄くなって、朱色の鳥居がはっきりと見えます。けれど、あのぼんやりとした白さのなかに立っていた時間は、まだ胸の中に静かに残っていました。

家に戻って、温かいお茶を淹れます。湯気がふわりと立ちのぼるのを見ながら、ふと思いました。

静けさは、遠くへ探しに行かなくても、ちゃんと近くにある。

ほんの少し早起きして、ほんの少し歩いてみるだけで、出会える場所があるのだと。

秋の朝霧に包まれた神社は、そんなことを、声に出さずに教えてくれました。

もし今朝、心がちょっとだけざわざわしているなら。霧の朝に、近くの小さな神社を訪ねてみてください。きっと、静けさがやさしく迎えてくれます。

ここまで読んで頂き、ありがとうございます

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