2026年9月15日火曜日

癒される夏の終わりの縁側と風鈴

癒される夏の終わりの縁側と風鈴

夕方になると、家の裏手にある縁側にそっと腰を下ろすのが日課になっている。座布団はもう何年も同じ場所に置いてあって、木の板には少しだけ体温が残っているような、そんな温かさがある。

軒先に吊るされた風鈴が、風が吹くたびにチリンと小さく鳴る。夏の盛りには少しうるさく感じたその音も、終わりに近づくこの季節になると、なんだか寂しさと優しさが混ざったような響きに変わる気がする。ひとつ鳴って、しばらく静かになって、また風が思い出したように吹いて鳴る。その間隔がちょうどいい。

庭の木々の緑は、まだ濃いままだけれど、吹いてくる風のなかにはどこか涼しさが混じり始めている。蝉の声も、真夏のあの張り詰めた大合唱ではなく、少し数を減らして、たまにポツンと鳴くくらいになった。その隙間を埋めるように、夕方には秋の虫たちの小さな声がうっすらと聞こえてくる。

麦茶を入れたグラスの表面には、水滴がゆっくりと伝っていく。それを飲みながら、特に何をするわけでもなく、ただ風鈴の音と風の通り道を眺めている時間。縁側の板の木目を指でなぞったり、遠くの空の色が少しずつ橙色に変わっていくのを見たり。何もしていないはずなのに、不思議と満たされている。

夏が終わっていくというのは、少し切ないことのはずなのに、この縁側に座っていると、それすらも心地よく受け入れられる。風鈴の音が一つ鳴るたびに、今日という日がまたひとつ、静かに閉じていくような気がする。

明日もまた同じ時間に、同じ場所で、同じ音を聞くために腰を下ろすのだろう。そう思うだけで、なんだか少し安心する。それくらい、この縁側と風鈴の時間は、私にとって特別な癒しになっている。


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