2026年8月17日月曜日

癒される山の上からの景色

癒される山の上からの景色

週末の予定は、特に決めていなかった。ただ、なんとなく胸の奥に溜まった疲れを、どこかに置いてきたい気分だった。

目を覚ますと、カーテンの隙間から思いのほか眩しい光が差し込んでいた。天気予報を確認するまでもなく、今日は晴れるらしい。そう思った瞬間、頭の中に浮かんだのは「山に登ろう」という、単純だけれど久しぶりの衝動だった。

リュックに水筒とタオル、それから小さなおにぎりをふたつ詰めて、家を出た。街はいつも通り、車の音や人の話し声で満ちていたけれど、駅から少し離れたバス停に着く頃には、その喧騒も少しずつ遠のいていった。

バスに揺られること四十分。窓の外の景色が、ビルから住宅街へ、住宅街から田畑へと変わっていく。乗客も次第に減り、最後にはわたし一人だけが座席に残っていた。運転手さんが「終点ですよ」と声をかけてくれたとき、外にはもう緑しか見えなかった。

登山口には小さな看板が立っていた。「山頂まで約90分」。文字はところどころ色褪せていて、この道をどれだけ多くの人が歩いてきたのかを、静かに物語っているようだった。

最初の三十分は、正直きつかった。息が上がり、足が重くなり、何度も立ち止まっては水筒に口をつけた。それでも、木々の間から差し込む光の筋や、鳥の声、踏みしめる土の匂いが、一歩ごとにわたしの中の何かをほぐしていくのを感じていた。

中腹あたりで、小さな休憩スポットに出た。丸太を輪切りにしただけの簡素な椅子がふたつ。そこに腰を下ろし、持ってきたおにぎりを頬張った。遠くで蝉が鳴いている。それだけの音しかしない世界が、こんなにも贅沢に感じられるとは思わなかった。

残り三十分は、不思議と足取りが軽かった。頂上が近づくにつれて木々が低くなり、視界がひらけていくのが分かる。最後の急な岩場を両手も使って登り切ったとき、ふいに風が強く吹き抜けた。

そして、目の前に広がったのは──言葉を失うほどの景色だった。

眼下には、さっきまで自分がいた街が、模型のように小さく広がっている。川は銀色の糸のように光り、遠くの海はうっすらと霞んで、空と溶け合っていた。雲は思いのほか近く、手を伸ばせば触れられそうな高さを、ゆっくりと流れていく。

風が頬を撫でる。汗ばんだ肌に、その涼しさが染み込むようだった。誰の声もしない。ただ、風の音と、自分の呼吸だけがそこにあった。

しばらくの間、わたしは何も考えずにその場に立ち尽くしていた。普段なら頭の中を巡っている仕事のこと、人間関係のこと、細々とした悩み事──そのすべてが、この景色の前ではひどく小さく思えた。まるで、山が「そんなに肩に力を入れなくていいんだよ」と、静かに語りかけてくれているようだった。

近くの岩に腰を下ろし、持ってきたお茶を飲む。ぬるくなっていたはずなのに、なぜかいつもより美味しく感じられた。眼下を見下ろすと、小さな鳥が一羽、悠々と空を横切っていく。その姿を目で追いながら、わたしは自然と深呼吸をしていた。

どれくらいそうしていただろうか。気づけば太陽の位置が、少しだけ傾いていた。名残惜しさを感じながらも、そろそろ下山の準備を始める。振り返ってもう一度、山の上からの景色を目に焼き付けた。

下りの道は、登りとはまた違う静けさがあった。心が軽くなったぶん、足取りも軽い。木漏れ日の中を歩きながら、わたしはふと思った。特別な場所に行かなくても、こうして少し足を伸ばすだけで、心はちゃんと回復するのだと。

麓のバス停に戻る頃には、すっかり夕方の空気になっていた。オレンジ色に染まり始めた空を見上げながら、わたしは小さく呟いた。

「また来よう」

山の上からの景色は、写真にも収めた。けれど、あの風の匂いや、静けさや、心がすっと軽くなった感覚は、きっと写真には写らない。だからこそ、また自分の足で登って、確かめに行きたいと思う。

もし、日々の暮らしに少し疲れを感じているなら、近くの低い山でもいい。一度、山の上からの景色を見に行ってみてほしい。そこにはきっと、言葉にしなくても伝わる、静かな癒しが待っているはずだから。


ここまで読んでくれて、ありがとうございます

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