2026年9月17日木曜日
癒される夏の終わりの砂浜の足跡
八月の終わり、まだ暑さの名残を残しながらも、どこかで秋の気配がそっと混ざり始める頃。私はいつもより少し早く目が覚めて、誰もいない砂浜へと足を運んだ。
朝の光はまだ柔らかく、海面に反射してキラキラと揺れている。波の音だけが響くこの時間、砂浜には誰の足跡もない。真っ白なキャンバスのような砂の上を、私はゆっくりと歩き始めた。
一歩、また一歩。踏みしめるごとに、砂の柔らかさが足の裏に伝わってくる。後ろを振り返ると、自分が歩いた分だけ、くっきりとした足跡が続いている。まるで、今この瞬間だけの証のように。
夏の間、この砂浜には子どもたちの笑い声や、たくさんの人々の足跡が刻まれていたのだろう。けれど今、季節の終わりを迎えたこの場所には、静けさだけが残っている。波が寄せては返し、少しずつ砂を洗い流していく。私が今つけたばかりの足跡も、いつかは波にさらわれて消えてしまう。
そのはかなさが、なぜだか心地よかった。永遠に残るものではないからこそ、今この瞬間の足跡が特別に思える。誰かに見せるためでもなく、記録に残すためでもなく、ただ自分がそこを歩いたという事実だけが、静かに刻まれている。
風が少し涼しくなってきたことに気づく。夏の熱気が薄れ、代わりに秋の気配を運んでくる潮風が肌をくすぐる。遠くではカモメが数羽、ゆったりと空を旋回していた。
しばらく歩いた後、私は立ち止まり、来た道を振り返った。曲がりながらも続く足跡の列は、まるで今日一日の始まりを静かに祝福してくれているようだった。完璧な直線ではないその軌跡が、むしろ人間らしくて、愛おしく感じられる。
波打ち際に近づくと、足跡はさらに柔らかく、輪郭がぼやけていく。海と陸の境界線で、砂は水を含んでより繊細な模様を作り出す。そこに足を置くと、じんわりと水が染み込んでくる感覚があり、夏との別れを告げる小さな儀式のように思えた。
季節が変わるということは、何かが終わり、何かが始まるということ。この砂浜に残された足跡もまた、夏の終わりと秋の始まりを繋ぐ、小さな橋のようなものなのかもしれない。
しばらくして、私は砂浜に座り込み、波が静かに足跡を消していく様子をぼんやりと眺めていた。焦る必要はない。すべてがゆっくりと、自然な速度で変わっていく。その流れに身を任せることも、また心を癒す方法のひとつなのだろう。
夏の終わりの砂浜に刻まれた足跡は、いつか消えてしまう。けれど、その瞬間に感じた静けさや心地よさは、きっと私の中にずっと残り続けるのだろう。
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