2026年7月3日金曜日

癒される水車

癒される水車

山あいの小さな道を歩いていると、ふいに水の音が聞こえてきた。

川の流れとは少し違う。
雨の音とも違う。

ころん、ころん、と木が水を受ける音。
ゆっくりと回る水車の音だった。

そこには、古い木造の水車小屋があった。

派手な観光地ではなく、村の端にひっそり残っているような場所だった。
屋根には少し苔がつき、木の壁は長い年月を受けて、やわらかい茶色になっていた。

水車は、急ぐこともなく、止まることもなく、ただ静かに回っていた。

水が落ちる。
木の羽根が受け止める。
重たそうに少し沈んで、また次の水を受ける。

その繰り返しを見ているだけで、胸の中のざわざわが少しずつ薄くなっていく気がした。

水車には、人を急かす感じがない。
もっと早く回ろうともしない。
誰かに見られるために動いているわけでもない。

ただ、流れてくる水に合わせて、自分の速さで回っている。

それがなんだか、とてもやさしく見えた。

近くの草むらでは、風に揺れる葉が小さく音を立てていた。
水路の水は透き通っていて、底の小石が見える。

ときどき水しぶきが光を受けて、白く小さく跳ねた。

空は明るすぎず、雲の間からやわらかな光が差していた。
その光が水車の濡れた木に当たると、古いものなのに、どこか生きているように見えた。

昔、この水車のまわりには、もっと人の声があったのかもしれない。
米を挽く音。
荷物を運ぶ足音。
小屋の前で立ち話をする声。

今はその多くが消えてしまって、残っているのは水の音と、木の回る音だけだった。

でも、寂しい感じはしなかった。

むしろ、静かに残っていることが、少しうれしかった。

何かを大きく変えなくてもいい。
目立たなくてもいい。
毎日同じ場所で、同じように回り続けるものがある。

それだけで、人の心は安心することがある。

忙しい日が続くと、つい自分だけが止まってはいけないような気持ちになる。
何かをしなければならない。
早く答えを出さなければならない。

けれど、水車はそんなことを言わない。

水が来れば回る。
水が弱ければ、ゆっくり回る。
それでも、ちゃんと回っている。

その姿を見ていると、自分の速度でいいのかもしれないと思えた。

少し立ち止まってもいい。
疲れた日は、ゆっくりでいい。
流れに逆らいすぎず、受け止められる分だけ受け止めればいい。

水車の音は、そんなふうに教えてくれているようだった。

帰り道、まだ耳の奥に水の音が残っていた。

ころん、ころん。
ゆっくり、ゆっくり。

小さな水車は、きっと明日も同じ場所で回っている。

誰かに急かされることなく、山の水を受けながら、静かに、やさしく、時間を刻んでいる。


ここまで読んでくれて、ありがとうございます

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