夜の八時を過ぎると、部屋の音がひとつずつ静かになっていく。
冷蔵庫の低いうなりと、窓の外を通る自転車の音。それから、机の端でちいさく光る緑のランプ。
このランプを、いちばん気にしている住人がいる。メインクーンの「ソラ」だ。
ソラは、ふわふわの大きな体をゆっくり運んで、机の上にあがってくる。尻尾は長い。通り道にあるものを、さりげなく全部なでていく。
そして、いつもの場所で立ち止まる。パソコンの横に置かれた、小さなUSBハブの前だ。
銀色の四角い箱から、ケーブルが何本ものびている。マウス、キーボード、スマホの充電器。ソラにとっては、それがひとつの「巣」に見えているのかもしれない。
ソラはまず、鼻先をそっと近づける。くん、くん、と匂いを確かめる。
それから、ランプに目をやる。緑の光が、ぽっと灯っては、ときどきちいさく瞬く。そのたびに、ソラの瞳もまるくなる。
「それは、なにをしている光なの?」
そう聞きたそうな顔で、こちらを見上げてくる。
わたしは作業の手を止めて、ソラの背中をひとなでする。毛並みは、陽だまりで干した毛布みたいにやわらかい。
「それはね、みんなをつないでいる箱なんだよ」
もちろん、ソラには通じない。でもソラは、ふうん、というように目を細めて、箱の横にゆっくり座り込んだ。
しばらくすると、前足をそっと伸ばす。肉球で、ハブの角をちょんとつつく。
動かない。かたい。でも、あたたかい。
長く使っているうちに、ハブは少しだけぬくもりをもつようになった。ソラはそれを、ちゃんと知っている。
ケーブルを軽く咥えようとして、わたしに「こらこら」と言われる。ソラは悪びれもせず、ぱちぱちとまばたきをする。
その顔があまりにのんびりしているので、叱ったはずのわたしのほうが、先に笑ってしまう。
仕事で疲れた日ほど、この時間がありがたい。
画面のなかでは、いろんな文字や数字が流れていく。けれど机の端では、大きな猫がUSBハブのとなりで丸くなっている。ただ光を眺めて、ただそこにいる。
ひとつの小さな箱が、わたしの手もとの道具たちをつないでいる。そして同じ箱が、ソラの落ち着ける場所にもなっている。
そう思うと、なんでもない机の上が、ちょっとだけ特別に見えてくる。
ソラの喉が、ごろごろと鳴りはじめた。
低くて、やさしい音。ハブのランプの瞬きと、不思議なほどリズムが合っている。
わたしはキーボードの上で手を止めたまま、その音に耳をすませる。
急がなくていい。いまは、この音をきいていよう。
夜はゆっくり更けていく。緑のランプは、静かに灯りつづけている。
そのとなりで、メインクーンは、いつのまにか目を閉じていた。
ふわふわの毛が、ランプの光をうけて、ほんのり緑色にふちどられる。
きっと明日の夜も、ソラは同じ場所にやってくる。
小さな箱と、大きな猫と、わたし。
それだけで、部屋はもう、じゅうぶんにあたたかい。
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