2026年10月9日金曜日

癒される秋の渡り鳥と夕暮れの川辺

癒される秋の渡り鳥と夕暮れの川辺

 夕方の四時を過ぎると、秋の光は急に角度を変える。

仕事帰りの遠回りが、いつのまにか習慣になっていた。駅から家までは、まっすぐ歩けば十五分ほどだ。けれど今日は、堤防へ上がる細い階段のほうへ足が向いた。

階段をのぼりきると、風が頬をなでた。夏の名残のぬるさはもうなく、乾いた草と水の匂いだけが静かに流れてくる。目の前に、ゆるやかに曲がる川が広がっていた。

川面は、空の色をそのまま映していた。西の空は柿の実のような橙色で、そこから少しずつ薄い桃色に、さらに淡い藍色にほどけていく。流れのある場所だけが細かく光り、さざ波のたびに夕日のかけらがこぼれては消えた。

堤防の斜面に腰をおろすと、ススキの穂が肩のあたりで揺れた。

ふいに、空の高いところから声が落ちてきた。

「クィー、クィー」

見上げると、小さな群れが川の上を横切っていくところだった。鳥の名前に詳しくはないけれど、ああ、渡り鳥だな、とすぐにわかった。

隊列は少し乱れていて、先頭が入れ替わり、また整い、また崩れる。それでも全体は、同じ方向へ向かってまっすぐに進んでいる。

あの鳥たちは、いったいどれだけの距離を飛んできたのだろう。

海を越え、山を越え、知らない街の灯りの上を通り過ぎて、今日この川までたどり着いた。羽は疲れているはずなのに、迷っているようには見えなかった。

しばらくして、群れの一部がふわりと高度を下げ、川の中ほどの浅瀬に降りた。水面に小さな輪がいくつも広がり、夕日の色と重なって、ゆっくり溶けていく。羽をたたんだ鳥たちは、首を羽の中にうずめて、ただ静かに浮かんでいた。

休んでいるのだ、と思った。

飛び続けるためには、ちゃんと降りて休む時間が必要なのだろう。それは怠けているのではなく、旅の一部なのだと思う。

そう考えたとき、胸の奥で固くなっていたものが、少しだけゆるんだ。

最近の私は、休むことに少し後ろめたさを感じていた。予定を詰めて、疲れを見ないふりをして、「まだ大丈夫」と自分に言い聞かせていた。でも、あの鳥たちでさえ、水の上で羽を休めている。

川の向こうの街に、ぽつりぽつりと灯りがともりはじめた。

空の橙色は、いつのまにか深い紫に変わっている。水面の光も弱くなり、かわりに、一番星が川に小さな点を落としていた。

犬を連れた老人が堤防の上をゆっくり歩いていき、自転車のベルが遠くで一度だけ鳴った。どちらも、夕暮れの静けさをこわさない音だった。

浅瀬の鳥たちは、まだ動かない。きっと夜のあいだ、ここで眠るのだろう。明日の朝、また空へ上がり、見えない道をたどって先へ進んでいくのだろう。

私はスカートについた草を払って、立ち上がった。

「おやすみ」

小さな声でそう言うと、一羽だけが首を上げ、こちらを見た気がした。もちろん気のせいだ。けれど、その気のせいがうれしくて、私は少し笑った。

帰り道は、来たときより足が軽かった。

何かが解決したわけではない。明日もきっと仕事はあるし、悩みも消えてはいない。それでも、夕暮れの川辺で羽を休める鳥を見たことで、「立ち止まる時間も、道の途中なのだ」と思えた。

秋の渡り鳥は、毎年かならずやってくる。そして川は、何も言わずに、疲れた旅人をそっと受け止めてくれる。

もしあなたが少し疲れているなら、帰り道を一本だけ変えて、水のある場所へ寄ってみてほしい。夕日と水面と空を渡る鳥の影が、きっと静かに迎えてくれるはずだ。

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