午後の間ずっと降っていた雨が、ふっと止んだ。
窓を打っていた音が消えて、部屋の中が急に静かになる。耳に残っていた雨のリズムが、ゆっくりほどけていくのがわかった。
カーテンを開けると、空の端から光がこぼれていた。灰色の雲が少しずつ割れて、その隙間から、やわらかな茜色がにじんでくる。
「少し、歩いてこようかな」
誰に言うでもなく、そうつぶやいて、玄関のドアを開けた。
外の空気は、雨のあとの匂いがした。濡れたアスファルトと、湿った土と、どこかの庭の草の匂い。胸いっぱいに吸い込むと、肩に入っていた力が、すっとぬけていく。
道の端には、大きさもかたちもばらばらの水たまりが、ぽつぽつと残っていた。
のぞきこむと、水面に空がそのまま映っている。頭の上の空と、足もとの空。茜色が二重になって、ひとつの世界みたいにつながっていた。
ふと、水たまりの真ん中を、小さな波紋が広がった。屋根のふちから落ちたしずくだった。ぽちゃん、とかすかな音がして、映っていた茜色が、ゆらりと揺れる。
その揺れを見ていたら、今日一日のざわざわした気持ちまで、いっしょに揺れて、溶けていくような気がした。
うまくいかなかったことも、言いそびれた言葉も、きっと明日になればもう少し軽くなる。そう思えるくらいには、空がきれいだった。
遠くから、学校帰りの子どもたちの笑い声が近づいてくる。長靴をはいた男の子が、わざと水たまりに飛び込んで、しぶきが夕日にきらきら光った。
後ろから「もう、びしょびしょでしょ」と笑う声が聞こえる。茜色のしぶきの中で、小さな虹がほんの一瞬だけ生まれて、消えた。
私は思わず、笑ってしまった。
雨が降った日にしか見られない景色が、確かにある。傘をさして歩いていた時には気づかなかった、空の広さや、光のやさしさ。
雲の端が、金色にふちどられていく。電線にとまった小鳥が、雨上がりを待っていたように、軽やかに鳴きはじめた。
水たまりの茜色は、少しずつ深くなって、やがて紫がかった夕暮れの色に変わっていく。
ゆっくり息をはいて、空を見上げる。
今日という一日を、ちゃんと終わらせてあげられそうな気がした。
帰り道、もう一度だけ、水たまりをのぞきこんだ。
そこには、少しだけ穏やかな顔をした自分と、やさしい茜色の空が映っていた。
雨上がりの空と水たまりは、ほんの短い時間だけ現れる、ささやかなご褒美のようなものです。
忙しい毎日の中でも、ふと足を止めて足もとをのぞいてみると、そこにもうひとつの空が広がっているかもしれません。
あなたの今日にも、やさしい茜色が届きますように。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます
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