2026年10月8日木曜日

癒される田舎の小さな神社の鳥居と紅葉

癒される田舎の小さな神社の鳥居と紅葉

 バスを降りたのは、私ひとりだった。

運転手さんが「次は二時間後ですよ」と、窓から顔を出して教えてくれた。私は笑ってうなずいた。二時間なんて、今日はむしろ足りないくらいだと思った。

エンジンの音が遠ざかっていくと、あたりは急に静かになった。田んぼの刈り跡に朝の光が薄く残り、遠くで軽トラックがことことと走っている。それ以外には、何もない。その何もなさが、なんだか嬉しかった。

神社は、集落のはずれにあった。

地図には小さな点がひとつ載っているだけで、名前も読み取れないほどだった。それでも、畦道を抜けた先に、その鳥居はちゃんと立っていた。

朱色は、思っていたよりも色あせていた。長い年月に雨と風に洗われて、ところどころ木の地肌がのぞいている。けれど、その褪せた朱色が、背後の紅葉をいっそう深く見せていた。

燃えるような赤、少し焦げたような橙、まだ緑を残した葉。それらが重なり合って、鳥居の向こうに、ひとつの大きな屏風のように広がっている。

私は鳥居の前で、小さく頭を下げた。

くぐった瞬間、空気が変わった気がした。

気のせいかもしれない。けれど、確かに少しひんやりとして、杉と土と落ち葉の匂いが、胸の奥まで入ってきた。

参道は短く、石畳は苔でやわらかく縁取られている。一歩踏むたびに、はらり、と赤い葉が肩に落ちてきた。払いのけようとして、やめた。このまま歩いていたかった。

奥には、手のひらほどの賽銭箱と、小さな社がひとつ。誰かが供えたのだろう、まだ新しい柿がふたつ、白い皿に並んでいた。

五円玉を入れて、手を合わせた。

お願いごとは、とくに浮かばなかった。ただ、「ここに来られてよかったです」とだけ、心の中で言った。それで十分な気がした。

社の脇に、古い木のベンチがあった。

腰かけると、鳥居が正面にすっぽりと収まった。額縁のようだ、と思った。朱色の柱と横木の中に、紅葉と青空と、ゆっくり流れる雲が、そっくりそのまま絵になっている。

どこからか、水の音がする。小さな沢が、境内の裏を流れているらしい。その音に重なるように、鳥が一羽、短く鳴いた。

風が吹くと、紅葉がざあっと揺れた。

そして、一枚、また一枚と、葉が舞い降りてくる。鳥居の下をくぐって、参道へ、石畳へ、私の足もとへ。まるで、誰かが赤い絨毯を、静かに敷いていくみたいに。

私は水筒の蓋を開けて、温かいお茶を飲んだ。湯気が秋の光の中でふわりとほどけた。

どれくらい、そうしていただろう。

ふと気づくと、スマートフォンの画面を、一度も見ていなかった。

いつもは、手持ち無沙汰になるとすぐに指が動いてしまうのに。ここでは、何も見なくていい。何も探さなくていい。ただ、目の前の赤と朱と青を眺めているだけで、時間がちゃんと満ちていく。

「ずっと、こういうものが欲しかったのかもしれないな」

声に出したら、思いのほか静かな境内に響いて、少し恥ずかしくなった。けれど、誰も聞いていない。聞いているのは、鳥居と、紅葉と、風だけだ。

帰りのバスの時間が近づいて、私はゆっくり立ち上がった。

もう一度、社に向かって小さく頭を下げる。それから、鳥居の方へ歩き出した。来たときよりも、足取りが少し軽い。

鳥居の下で、ふり返った。

朱色の柱の向こうで、紅葉が、夕方に近づいた光を受けてきらきらと燃えていた。さっきよりも、少しだけ深い赤になっている。

「また来ます」

そう呟いて、一礼した。

畦道に出ると、秋の風が頬をなでた。肩にひとひらだけ残っていた紅葉を、私はそっと手のひらに載せて、しばらく眺めた。

それから、バスの来る道のほうへ、ゆっくりと歩き出した。

手のひらの中の小さな赤は、帰ってからも、ちゃんと温かかった。

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