ホームに降り立った瞬間、まず耳に入ってくるのは「音のなさ」です。
改札はなく、駅員さんもいません。あるのは、色あせた木のベンチと、錆びかけた駅名標。そして、足元に積もった落ち葉だけ。
秋の無人駅には、時間を急かすものが何ひとつありません。
落ち葉を踏む音が、いちばんのBGM
ベンチの横には、風に運ばれてきた紅葉やいちょうの葉が、ホームの端に小さな吹きだまりをつくっています。
一歩ふみ出すたびに、かさ、かさ、と乾いた音がします。
街にいると、自分の足音さえ意識しないまま、毎日を急いで歩いています。でもここでは、足音が主役になります。自分が歩いている、ただそれだけのことが、ちょっとおもしろく感じられるのです。
線路の向こうは、ただ秋
ホームから線路の先をながめると、稲刈りを終えた田んぼ、少し赤く染まった山の斜面、ところどころに立つ柿の木が見えます。
どれも特別な絶景ではありません。けれど、「何もしなくていい景色」というのは、思っている以上に心をゆるめてくれます。
秋の日差しは夏ほど強くなく、ベンチに座っていると、背中にじんわりと日向のぬくもりが届きます。
一両電車がやってくる
どれくらい待ったでしょうか。遠くのほうから、やさしいエンジン音が近づいてきます。
線路の先に姿を見せたのは、たった一両だけの電車。
長い編成の電車のような迫力はありません。でも、ことこと、ことこと、田んぼのあいだをゆっくり進んでくる姿には、不思議な愛らしさがあります。
「ひとりで頑張ってるなあ」
そんなふうに、つい心のなかで声をかけたくなってしまいます。
停まったドアが、ぷしゅっと小さく開きます。乗る人は、ほとんどいません。降りる人も、ほとんどいません。それでも一両電車は、いつもと同じように、そこに停まってくれます。
窓際の席で、秋をいっしょに走る
乗り込むと、車内はとても静かです。
座席のモケット、床にこぼれる日だまり、ガタン、ゴトン、と揺れるリズム。窓の外を、すすきの穂や柿の実、色づく木々が、ゆっくり流れていきます。
スマホを見るのがもったいなくなって、気づけばずっと窓の外ばかり見ていました。
速く着くことが目的ではなく、揺られている時間そのものが、ごほうびのような乗り物。一両電車には、そんな力があるように思います。
「待つ」ことがやさしい時間になる
無人駅では、電車が来るまでの時間も、なんだか違って感じられます。
待ち時間は、ふだんなら「無駄な時間」かもしれません。でも、秋の無人駅で過ごす待ち時間は、風の音を聞いたり、空の色の変化を眺めたり、ぼんやりしたりするための、大切な余白になります。
何も予定のない時間があるって、思っていたよりずっと贅沢です。
おわりに
秋の無人駅と、一両電車。
どちらも小さくて、静かで、派手さはありません。それでも、その小さな静けさが、疲れた心にそっと寄り添ってくれます。
忙しい毎日のなかで、ふっと深呼吸したくなったら。
落ち葉の音がするホームで、ことこと走ってくる電車を、ただ待ってみてください。きっと、心のスピードが少しだけゆっくりになるはずです。
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