仕事を終えて外に出ると、空気がひんやりとしていました。
昼間はまだ少し暑さが残っているのに、夕方になると、ふっと肌に触れる風が変わります。ああ、秋だなあと、季節の切り替わりを肌で感じる瞬間です。
駅から家までの帰り道。いつもと同じ道を、いつもと同じペースで歩いていると、ふわりと甘い香りが鼻先をかすめました。
足が、自然と止まります。
金木犀です。
姿を探してあたりを見回すと、住宅の角にある小さな庭先に、オレンジ色の小さな花をびっしりとつけた木が立っていました。去年も、その前の年も、きっとここに咲いていたはずなのに、香りに気づいた瞬間に「今年も来てくれたんだ」と嬉しくなるのが不思議です。
香りは、季節の便りのようなもの
金木犀の香りには、不思議な力があると思います。
甘くて、どこか懐かしくて、少しだけ切ない。深く息を吸い込むと、胸のあたりにたまっていた疲れが、ゆっくりほどけていくような気がします。
しかも、金木犀が主役でいられる時間は、とても短いものです。花が咲く期間は、ほんの一週間ほど。雨や強い風が吹けば、あっという間に散ってしまいます。
だからこそ、この香りに出会えた日は、ちょっとした贈り物をもらったような気持ちになります。
「今日、気づけてよかった」
そう思いながら、もう一度ゆっくり息を吸い込みました。
空が、少しずつ色を変えていく
香りに足を止めたまま、ふと空を見上げました。
さっきまで西の空に残っていた茜色が、静かに薄れていくところでした。そのかわりに、空の上のほうから、深い青がゆっくりと降りてきています。
群青色、というのでしょうか。
青と紫のあいだのような、少し影を含んだ、やわらかな色。夕暮れの終わりと夜のはじまりが、そっと溶け合う、ほんの短い時間だけの色です。
街灯がぽつりぽつりと灯りはじめ、家々の窓にもあたたかな明かりがともります。空の群青と、窓のオレンジ色。その対比がきれいで、スマートフォンを取り出そうとして、やめました。
この景色は、写真に収めるより、ただ眺めていたいと思ったからです。
帰り道の、いつもより遅いペース
そこから先は、いつもよりゆっくり歩きました。
急ぐ理由はありません。家に着くのが、少しくらい遅れたって大丈夫です。
どこかの家から夕ごはんの匂いがしてきたり、自転車のベルが遠くで鳴ったり、風にのって金木犀の香りがまた追いかけてきたり。
なんでもない帰り道に、小さな「いいな」がいくつも転がっていました。
忙しい毎日を過ごしていると、こうした小さな「いいな」を見逃してしまいがちです。でも、本当は毎日の中に、ちゃんと落ちているのだと思います。
足を止めて、息を吸って、空を見上げる。
たったそれだけで、一日の終わりが、ずいぶんやさしいものに変わりました。
今日のおすすめ
もし今日、少しだけ疲れているなら、帰り道を一本だけ変えてみたり、いつもより五分だけゆっくり歩いてみたりしてみてください。
秋の夕暮れには、金木犀の香りと、群青に染まっていく空が待っているかもしれません。
香りが季節を連れてきて、空の色が一日を静かに閉じてくれる。そんな帰り道が、あなたの毎日にもありますように。
今日も一日、おつかれさまでした。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます
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