2026年10月10日土曜日

マウスマットがきになる黒猫

マウスマットがきになる黒猫

 午後の光が、窓のカーテンをやわらかく透かしていた。

机の上には、買ったばかりのマウスマットが一枚。深い灰色の布地で、手のひらをのせると、ほんの少しだけ沈むような柔らかさがある。昨日まで使っていた古いものは、角がすり切れて、端がくるんと丸まっていた。

「やっぱり、新しいのは気持ちいいな」

そうつぶやいて、パソコンの前に座る。

そのとき、足もとで小さな気配がした。

黒猫のクロだ。

しなやかな体を伸ばして、音もなく椅子の脚をすり抜け、机の端にひょいと前足をかける。そして、金色の目をまんまるにして、じっとマウスマットを見つめた。

「……なに、気になる?」

返事はない。ただ、しっぽの先がゆっくり左右に揺れている。

クロは鼻をそっと近づけ、くん、くん、と匂いをたしかめた。新しい布の、ちょっと知らない匂い。それから、おそるおそる前足を一本、マットの上にのせる。ふにっ、と沈んだ感触に、ぴくりと耳が動いた。

もう一本の前足も、のせる。

そして、とうとう全身をのせてしまった。

「あ、ちょっと、そこ、わたしの作業場なんだけど」

そう言いながらも、笑ってしまう。クロはお構いなしに、マットの真ん中で一度くるりと回ると、ぺたんと丸くなった。黒い毛並みが、灰色の布の上でつやつやと光っている。まるで、最初からそこが自分の場所だったみたいに。

マウスは、クロの背中のすぐ横。動かしたらきっと怒られる。

「……まあ、いいか」

椅子の背にもたれて、ふうっと息をついた。

窓の外では、風が木の葉をさらさらと鳴らしている。部屋の中には、パソコンのかすかな作動音と、クロの小さな寝息。ごろごろ、ごろごろ。喉の奥から響く音が、静かな部屋にやさしく溶けていく。

仕事は、あと少しだけ残っている。けれど、急ぐ理由はどこにもなかった。

そっと手を伸ばして、クロの背中をなでる。あたたかくて、ふわふわで、呼吸に合わせて小さく上下している。指先から、やわらかな温度がじんわりと伝わってきた。

マウスマットを選んだとき、手ざわりや大きさ、滑りやすさをあれこれ比べた。けれど、いちばん大事な基準は、きっとここにあったのだと思う。

「猫が気に入ってくれるかどうか」

そんなこと、どこにも書いていないのに。

クロはうっすらと片目を開けて、わたしを見た。それから、満足そうに目を細めて、また眠りにつく。

新しいマウスマットは、今日から、わたしと黒猫のふたりのものになった。

午後の光は、ゆっくりと机の上を横切っていく。

その光のなかで、黒い毛並みがやさしく揺れていた。

ここまで読んで頂き、ありがとうございます

PR
コータのAmazonページへ


コータのAIイラスト、Xページへ


コータのユーチューブページへ

よろしければ、
のぞいてみてください


0 件のコメント:

コメントを投稿