日曜日の午後、窓から入る光は、もう夏のそれではなかった。少しだけ角度が低くなって、床の上にやわらかな四角を作っている。その四角の真ん中に、彼はいた。
メインクーンのレオ。四歳。体重は六キロを少し超える。ふさふさの長い毛と、耳の先にぴんと立った飾り毛。初めて家に来た日、わたしは両手で抱えきれなくて、「これは本当に子猫なのだろうか」と本気で思った。
その彼が、いま、わたしの足元で大きなあくびをした。
「ブラシ、しようか」
そう声をかけると、レオは片目だけをうっすら開けた。返事はない。けれど、尻尾の先がゆっくり、ぱたん、と床を叩いた。メインクーンなりの「どうぞ」である。
引き出しから、猫ブラシを取り出す。木の柄に、やわらかなピンの並んだ小さなブラシ。買ったばかりの頃は、「本当に気に入ってくれるだろうか」と半信半疑だった。猫は気まぐれだ。高い爪とぎが段ボール箱に負けることだってある。
けれど、このブラシだけは違った。
背中にそっと当てて、首のあたりから尻に向かって、ゆっくりと流す。ピンが毛の間をすべっていくたびに、ふわりと抜け毛が浮き上がる。かすかな、さらさらという音。その音が部屋の静けさに溶けていく。
レオの喉が、ごろごろと鳴りはじめた。
最初は小さく、遠くの雷のように。それがだんだん大きくなって、やがて部屋じゅうに響くような低い音になる。目はもう完全に閉じている。前足は胸の下にきちんとしまわれて、いわゆる「香箱座り」の完成形だ。
ブラシを動かしながら、わたしは思う。
猫をブラッシングする時間は、不思議と自分の呼吸まで整えてくれる。急がなくていい。力を入れなくていい。ただ、ゆっくり、同じ速さで、毛並みに沿って。それだけのことなのに、頭の中のざわざわが、毛と一緒に少しずつ抜けていくような気がする。
首の下を梳くと、レオは顎をぐっと上げた。
「そこがいいんだね」
返事のかわりに、ごろごろが一段大きくなる。
メインクーンの毛は長くて豊かで、おなかのあたりは特にふんわりしている。やさしく梳いてやると、ブラシに雲のような毛のかたまりが絡まる。それを指でそっと取って、手のひらに乗せる。ほんのりあたたかくて、軽い。ちいさな毛玉が、窓の光に透けて金色に見えた。
ふと、レオが体をごろんと横に倒した。おなかを見せるわけではなく、ただ、ぜんぶ預けるように、ずるずると。
その重みが、わたしの膝にゆっくりと乗ってくる。
あたたかい。ずしり、としている。けれど、いやな重さではなかった。「信頼されている」という重さは、こんなにも心地よいものなのかと、毎回おどろく。
わたしはブラシを持つ手を止めずに、背中から脇腹へ、脇腹から後ろ足のつけ根へと、ゆっくり流していった。尻尾の根元に近づくと、レオはぷるっと体を震わせたけれど、嫌がるそぶりはない。長い尻尾が、ゆらり、ゆらりと波のように動く。
窓の外では、どこかの家の洗濯物が風に揺れている。遠くで子どもの笑い声がして、また静かになる。時計の針の音さえ、いつもよりおだやかに聞こえた。
どれくらい時間が経っただろう。
気がつくと、レオはすっかり眠っていた。ごろごろの音は寝息に変わり、膝の上には、梳かしたての毛並みがつやつやと光っている。
わたしはブラシをそっと置いて、その背中に手のひらを当てた。ゆっくり上下する、あたたかな呼吸。
大きな出来事なんて何もない日曜日。
けれど、こういう時間のことを、きっと人は「しあわせ」と呼ぶのだと思う。
猫ブラシ一本で手に入る、小さな贅沢。
メインクーンという大きな猫が、静かに教えてくれる、ゆっくり流れる時間のこと。
膝の上の重みを感じながら、わたしはもう少しだけ、このままでいることにした。
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