夜と朝のあいだの、いちばん静かな時間だった。
カーテンの隙間から、うすい青色の光が床に細い線を引いている。目を覚ますと、足もとのあたりに小さな重みがあった。マンチカンのもなかが、丸くなって眠っている。短い脚をきゅっとたたみ、前足の先だけが布団からちょこんとはみ出していた。
起こさないように、そっと体を起こす。それでも、もなかの耳がぴくりと動いた。薄く開いた琥珀色の目が、ぼんやりとこちらを見る。
「おはよう。まだ寝ててもいいよ」
そう声をかけると、もなかは小さくのびをして、またゆっくり目を閉じた。
窓を少しだけ開ける。ひんやりとした空気が、頬をなでていった。ベランダの手すりも、プランターの葉っぱも、細い蜘蛛の糸も、朝露をまとってきらきらしている。ひとつぶ、またひとつぶ。葉の先に集まった露が、重さに耐えきれなくなって、ぽとりと落ちた。
その小さな音で、もなかが布団から出てきた。短い脚で、とてとてと窓辺まで歩いてくる。ちょこんと座って、外をじっと見つめる。しっぽの先だけが、ゆるやかに揺れていた。
朝露が光るたびに、もなかのひげが少し前に向く。どうやら、あの光る粒が気になって仕方がないらしい。
「触ったら冷たいよ」
言い終わる前に、もなかは前足を網戸の向こうへ伸ばそうとして、そのままの姿勢で固まった。ひとつ瞬きをして、そっと足を引っこめる。その慎重さがおかしくて、思わず笑ってしまった。
朝の空気を少し吸いこんでから、窓を閉める。
台所に立つと、もなかが足もとにまとわりついてきた。細い声で、ちいさく鳴く。
「はいはい、わかってる」
棚から、いつものキャットフードの袋を取り出す。もなかのために選んだ、高品質のフードだ。原材料の名前をひとつずつ確かめて、何度も迷って、ようやく決めたものだった。
袋を開けると、ふわりと香ばしい匂いが広がる。お皿にひと粒ずつ落ちていく音が、静かな部屋にころころと響いた。
もなかは、その音を目を細めて聞いている。待ちきれないように、でも行儀よく、お皿の前にちょこんと座って。
「どうぞ」
その一言で、もなかは顔をお皿に近づけた。かりかり、かりかり。小さな音が、朝のキッチンにやさしく満ちていく。
食べているあいだ、背中の毛並みがやわらかな光を受けて、つやつやと輝いていた。毎日のごはんが、この子の毛並みも、目の輝きも、元気な足どりも、少しずつ作っている。そう思うと、お皿に落ちる一粒一粒が、なんだか大切なものに見えてきた。
特別なことは何もない朝だ。
けれど、窓の外には朝露が光り、足もとでは猫がごはんを食べている。それだけで、ひとつ深く息を吸いたくなるような、おだやかな時間が流れていた。
食べ終えたもなかは、前足で口のまわりをていねいに拭いて、満足そうにこちらを見上げた。それから、朝日のさしこむ窓辺へ戻っていく。光の中で丸くなり、やがてゆっくりと、まぶたを閉じた。
その背中を見ながら、淹れたてのお茶を口にする。湯気のむこうで、朝露はまだ小さく光っていた。
朝露は、日が高くなればやがて消えてしまう。けれど、この静かな朝のぬくもりは、きっと一日じゅう、胸のどこかに残っている。
窓辺で眠るもなかの寝息が、ちいさく、ちいさく聞こえていた。
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