冬のはじまりの夜だった。
仕事を終えて家に帰ると、部屋の空気は外とほとんど変わらないくらい冷えていた。コートを脱ぐ前に、まず赤外線ストーブのスイッチを入れる。かちり、と小さな音がして、しばらくすると、細い管の奥からオレンジ色の光がじわりと立ちのぼってきた。
この光が、私は好きだ。
派手に部屋を温めるわけではない。ただ、ストーブの前に立つと、手のひらや頬にやわらかい熱がそっと触れてくる。陽だまりを一つ、部屋の中に連れてきたような温かさだ。
マグカップに白湯を注いで、ベランダの窓のそばに座布団を引き寄せた。電気は消したままにする。ストーブのほのかな赤い光だけが、部屋の壁をぼんやり照らしていた。
カーテンを少しだけ開けると、窓の向こうに夜空が広がっていた。
冬の空気は澄んでいて、星の輪郭がくっきりしている。街の灯りに負けそうな小さな星もあれば、ひとつだけ堂々と輝いている星もある。じっと見ていると、ときどき、ほんのわずかに瞬いた。
ふと、こんなことを思う。
あの光は、ずっとずっと昔に星を出発して、長い長い時間をかけて、今この窓まで届いたものなのだ。私が忙しさにまぎれて、ため息をついていた日も、誰かにうまく言葉を返せなかった日も、あの光は黙って旅を続けていた。
そう考えると、今日の小さな疲れが、少しだけ遠くへ行ってしまうような気がした。
背中のほうでは、ストーブがじんわりと熱を送り続けている。窓の外は凍えるほど冷たいのに、こちら側はこんなに穏やかだ。この温度の差がなんだか不思議で、そしてとても贅沢に思えた。
白湯をひと口飲む。喉を通って、胸のあたりがほっと緩んでいく。
昼間のことを、ぼんやり思い出していた。うまくいかなかったこと、言いそびれたひとこと、時間に追われて飲み込んだ気持ち。けれど星空の下では、どれもそんなに大きなことには思えなかった。
星は何も言わない。ストーブも何も言わない。ただそこにいて、光を届けてくれるだけだ。
それだけで、人は案外、ちゃんと癒されるものなのかもしれない。
しばらくすると、ストーブの熱で足先まで温まってきた。膝にブランケットをかけ直して、もう一度空を見上げる。さっきは気づかなかった小さな星が、ひとつ増えていた。
夜は静かで、部屋は温かい。
今日は何かを頑張らなくてもいい。何かを決めなくてもいい。ただ、星を眺めて、ストーブのぬくもりに包まれていればいい。
そんな夜があってもいいと、赤い光のそばで、私はゆっくり目を閉じた。
寒い夜は、つい早く布団に入りたくなりますが、たまには電気を消して、ほのかな暖かさと星空だけで過ごす時間もおすすめです。ほんの十分でも、一日の終わりの気持ちがやわらかくなりますよ。
※赤外線ストーブを使うときは、近くに燃えやすいものを置かず、就寝時や外出時は必ず電源を切るようにしてくださいね。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます
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