2026年7月24日金曜日

癒されるニチニチソウの丘

癒されるニチニチソウの丘

朝、カーテンを開けると、光が少しだけ強くなっている。そんな季節になると、決まって思い出す場所がある。近所の小さな丘、といっても大げさなものではなく、ゆるやかな坂道を上りきったところにある、ちょっとした空き地だ。そこに、誰が植えたのかもわからないニチニチソウが、毎年のように咲いている。

名前の意味を知ったとき

ニチニチソウという名前を初めて聞いたとき、少し不思議な響きだと思った人も多いのではないだろうか。「日々草」と書く。その名の通り、一つひとつの花は長くは咲かない。けれど、次から次へと新しい花が顔を出し、まるでバトンを渡すように、毎日どこかしらに花が咲いている状態が続く。

これを知ってから、丘に咲くニチニチソウの見方が少し変わった。一輪の花の儚さを惜しむのではなく、「今日も咲いている」という当たり前のような奇跡に、ふと目がいくようになったのだ。

丘に上る時間

その丘に上るのは、たいてい夕方前の、少し風が出てくる時間帯だ。仕事や家事の合間に、ほんの十五分ほど時間を作って歩く。坂道は決して急ではないけれど、上りきる頃には少し息が上がっていて、そこでようやく肩の力が抜ける感覚がある。

丘の上からは、遠くに家々の屋根と、その向こうにぼんやりと霞む山並みが見える。特別な景色というわけではない。けれど、ニチニチソウがピンクや白、紫の小さな花を絨毯のように広げている足元と、遠くの景色を交互に眺めていると、不思議と心がほどけていく。

花が教えてくれること

ニチニチソウは暑さにも強く、真夏の炎天下でも涼しい顔をして咲き続ける。派手に自己主張するタイプの花ではないけれど、気づけばいつもそこにいて、季節が移り変わっても淡々と咲き続けている。

そんな姿を眺めていると、「今日も一日、なんとかやれた」というだけで十分なのかもしれない、と思えてくる。特別なことができなくても、大きな成果がなくても、日々を積み重ねていくこと自体に意味がある。ニチニチソウの丘は、そんな当たり前のことを、静かに思い出させてくれる場所だ。

おわりに

派手な観光地でも、有名な花畑でもない。けれど、こういう名もない場所にこそ、心を整えるための時間が眠っているように思う。もし近所に、ふと足を止めたくなるような坂道や空き地があれば、季節を変えて何度か訪れてみてほしい。きっとその場所ならではの、小さな癒しを見つけられるはずだ。


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