参道の途中で、足が止まる
秋の神社は、鳥居をくぐった瞬間から空気が変わります。
玉砂利を踏む音、頭上でさわさわと揺れる枝、どこかで鳴く鳥の声。いつもは急ぎ足の私も、ここでは自然と歩幅がゆるみます。
そして手水舎の前に立ったとき、ふと目に入ったのです。
澄んだ水の上に、たった一枚、紅葉が浮かんでいました。
水面にそっと乗った、赤と橙のグラデーション
葉の先は深い紅色で、真ん中に向かうにつれて、やわらかな橙、そして少しだけ黄色が混ざっています。まるで小さな夕焼けを切り取って、水に置いたようでした。
竹の筒から流れ落ちる水が、細い音を立てています。その流れに合わせて、紅葉はゆらり、ゆらりと、ほんの少しだけ向きを変えます。流されてしまうわけでもなく、沈むわけでもなく、ただ静かに水の上にいる。
その姿を眺めているだけで、胸の奥のこわばりが、ゆっくりほどけていく気がしました。
「何もしない」時間のぜいたく
手水舎は、本来は手と口を清める場所です。柄杓を取り、左手、右手、口、そしてまた柄杓。作法をひとつずつ丁寧にたどっていくと、心まで整っていくような感覚があります。
けれど、この日は少しだけ作法の手を止めて、ただ水面を見つめていました。
スマホを見ない。予定のことを考えない。誰かに返信しない。
それだけで、時間の流れ方がまるで変わります。紅葉が揺れる、水が流れる、光がきらきらと反射する。たったそれだけのことが、こんなにも心を満たしてくれるのだと、あらためて気づかされました。
一枚だけだから、美しい
山いっぱいの紅葉も、もちろん素晴らしいものです。圧倒されるような赤の景色には、心が踊ります。
でも、手水舎に浮かぶ「たった一枚」には、また違う魅力があります。
風に運ばれて、数えきれないほどの葉の中から、この場所に、この瞬間にたどり着いた一枚。それがたまたま、水面の真ん中にふわりと着地して、まるで誰かが飾ったかのような景色をつくっている。
そう思うと、目の前の小さな風景が、とても愛おしく感じられました。
ひんやりとした水と、あたたかい気持ち
そっと柄杓で水をすくうと、秋のひんやりとした冷たさが指先に伝わってきます。
その冷たさがまた気持ちよくて、頭の中のごちゃごちゃが、すうっと澄んでいくようでした。水の冷たさと、紅葉の色のあたたかさ。そのコントラストが、秋の手水舎の何よりの魅力かもしれません。
手を清めたあと、顔を上げると、境内の木々も同じように色づいていて、さっきまで目に入らなかった景色が、やさしく広がっていました。
忙しい日々の中に、小さな「間」を
毎日を過ごしていると、気づかないうちに肩に力が入っているものです。
そんなとき、神社の手水舎のような静かな場所に立ち寄って、水面に浮かぶ一枚の葉を眺める。それだけで、心の中に小さな「間」が生まれます。
特別なことをしなくても、遠くまで出かけなくても、近所の神社の手水舎で、秋はちゃんと待っていてくれます。
もし今、少しだけ疲れているなと感じたら、この秋は、紅葉の浮かぶ手水舎の前で、ゆっくり深呼吸してみてください。
水面に揺れる一枚の紅葉が、きっとあなたの心も、やさしく揺らして、ほどいてくれるはずです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます
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