秋晴れの朝、窓を開けた瞬間に空気がすっと澄んでいることに気づく日があります。夏の湿った重さがなくなって、胸の奥まで冷たすぎないきれいな空気が入ってくる。そんな日は、どこか遠くへ行かなくてもいいから、せめて海を見に行きたくなります。
今日はそんな秋晴れの一日に出会った、空と海辺の景色について書いてみます。
高く、どこまでも抜ける秋の空
海辺に着いてまず顔を上げると、空がとても高く見えました。夏の空が「迫ってくる青」だとしたら、秋の空は「遠くまで広がっていく青」だと思います。
雲は薄く細く伸びて、刷毛でさっと掃いたような筋になっています。その白さが青の深さをいっそう引き立てて、ただ見上げているだけで、頭の中のざわざわが少しずつ静かになっていきました。
穏やかにきらめく波
視線を下ろすと、海は穏やかでした。大きく打ち寄せる波ではなく、ゆったりと寄せては返す小さな波です。その水面に秋の低い陽射しが当たって、細かな光がちらちらと散らばっていました。
きらめきは一瞬も同じ形になりません。ひとつ消えるとまた別の場所で光る。ずっと眺めていても飽きないのは、きっとこの終わりのない揺らぎのおかげです。
波の音も、耳に心地よい大きさでした。ざあ、と寄せて、すうっと引いていく。そのくり返しが呼吸のリズムに重なっていって、気づくと自分の息もゆっくりになっていました。
何もしない時間が、いちばんの贅沢
防波堤の端に腰を下ろして、スマホもしまって、ただ海を見ていました。陽だまりのコンクリートはほんのり温かく、潮の香りをふくんだ風が頬をなでていきます。
私たちは普段、時間を何かで埋めようとしすぎているのかもしれません。予定を詰めて、情報を浴びて、気づけば頭も心もいっぱいになっている。でも、空と海をぼんやり眺めるだけの時間は、そのいっぱいになったものを少しずつ洗い流してくれる気がします。
何かを得ようとしなくていい。ただそこにいるだけでいい。そう思えることが、秋晴れの海辺がくれる一番の癒しでした。
帰り道に思ったこと
日が少し傾いて、海の光が金色がかってきたころ、私は立ち上がりました。来たときより、肩がすこし軽くなっています。
癒しは、特別な場所や特別な何かにあるわけではなくて、空を見上げて、波の音を聞いて、深呼吸する。そんな小さな動作の中にあるのだと、あらためて感じた一日でした。
もし最近少し疲れているなと思ったら、よく晴れた秋の日に、近くの海や水辺まで足を運んでみてください。空の高さと波のきらめきが、きっとやさしく迎えてくれます。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます
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