2026年8月19日水曜日

癒されるランタン

癒されるランタン

日が沈みかけた頃、私はキャンプ場の隅にあるベンチに腰を下ろしていた。空はまだ橙色の名残を残しながら、少しずつ藍色に染まっていく。風はぬるく、木々の葉が擦れる音だけが辺りを包んでいた。

荷物の中からランタンを取り出したのは、ちょうど空の色が完全に沈黙した瞬間だった。小さなスイッチを押すと、ふわりと灯りがともる。強すぎず、弱すぎない、橙がかった柔らかな光。まるで誰かがそっと手のひらで包み込んでくれるような、そんな温度を持った光だった。

地面に置いたランタンの周りに、私は膝を抱えて座った。灯りは揺れない。けれど、なぜか炎のように呼吸しているように見える。じっと見ていると、昼間張り詰めていた肩の力が、少しずつほどけていくのがわかった。

「こんな時間が、実はいちばん贅沢なのかもしれない」

誰に言うでもなく、そんな言葉が口からこぼれた。スマートフォンの画面も、仕事のメールも、今この瞬間には存在しない。あるのはランタンの灯りと、虫の声と、遠くで聞こえる川のせせらぎだけだった。

しばらくすると、隣のテントから小さな子どもが顔を出した。眠れないのか、目をこすりながらランタンの光にふらふらと引き寄せられてくる。子どもは何も言わず、私の少し離れた場所にちょこんと座り、光を見つめた。

「あったかいね」

ぽつりと、その子が呟いた。私は頷くことしかできなかった。灯りに「あたたかい」と感じるのは、きっと温度の話ではない。誰かと同じ光を見つめている、その時間そのものが、あたたかいのだと思う。

やがて子どもは眠そうに目をこすりながらテントへ戻っていった。私はまたひとりになり、ランタンの灯りだけを相棔に、しばらくその場に留まっていた。

夜が深まるにつれて、星が一つ、また一つと空に浮かび上がってくる。地上の小さな光と、天上の遠い光が、どこか呼応しているように感じられた。ランタンの灯りは、星に届くほど強くはない。けれど、今ここにいる私を照らすには、十分すぎるほどの優しさを持っていた。

明かりを消す前に、私はもう一度だけその灯りをじっと見つめた。今日一日の疲れも、明日への小さな不安も、この光の中でゆっくりと溶けていくような気がした。

スイッチを切ると、辺りは月明かりだけの静けさに包まれる。それでも不思議と、暗闇は少しも怖くなかった。さっきまでそこにあった灯りの余韻が、まだ胸の奥にあたたかく残っていたからだ。

きっと、ランタンが照らしていたのは、キャンプ場の地面だけではなかったのだろう。誰かの心の、いちばん静かな場所を、そっと照らしていたのかもしれない。


ここまで読んでくれて、ありがとうございます

PR
コータのAmazonページへ

よろしければ、
のぞいてみてください


0 件のコメント:

コメントを投稿